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池波正太郎著『一升桝の度量』を読んだ感想

エッセイ

私的評価

池波正太郎の小説はもちろん大好きですが、エッセイ集は日本男児としてとてもためになります。とくに私のバイブルともなっている『男の作法』は、日本男児なら必ず読んでおかなければならない本だと思ってます。しかし、その『男の作法』とか『食卓の情景』に比べると、この『一升桝の度量』は少々物足りなさを感じる内容でした。

★★★☆☆

『一升桝の度量』とは

池波正太郎著、2011年に幻戯書房より刊行。これまで単行本に未収録のエッセーなどを収録した本となります。池波正太郎没後20+1周年記念として出版されたようです。

「四歳の私が酒をのんだのも、日ごろ父が一升びんの酒を徳利へつぎ、燗をしている姿を見ていて、そのまねをしたのらしい」(本書「まさに『百薬の長』より」)――お酒との楽しいつき合い、池波家のお正月の過ごし方、西郷隆盛や大石内蔵助について、「風林火山」の脚本と演出やフェリーニへの憧憬の念についてなど、お酒と食や家族といった身辺の話から歴史や舞台や映画……と縦横無尽に想いを綴った、池波正太郎の豊饒な世界。

目次
1. 歳月を書く(一升ますには一升しか入らぬ 維新の傑物 西郷隆盛 ほか)
2. あたたかい街(余白に うれしいこと ほか)
3. 劇場のにおい(「鈍牛」について 「夫婦」 ほか)
4.下町の少年(浅草六区 下町の少年 ほか)

角川春樹事務所

著者紹介
池波 正太郎[イケナミショウタロウ]
大正12年(1923)、東京・浅草生まれ。下谷・西町小学校を卒業後、株式仲買店に勤める。戦後、下谷区役所に勤務して長谷川伸の門下に入り新国劇の脚 本を書いて演出の腕も磨く。昭和35年(1960)、「錯乱」で直木賞を受賞。52年(1977)、吉川英治文学賞受賞。「鬼平犯科帳」「剣客商売」「仕 掛人・藤枝梅安」の三大シリーズが人気絶頂のさなか、急性白血病で逝去する。

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感想・その他

タイトルの「一升桝の度量」とは、一升の枡に二斗も三斗も詰め込もうとする経済成長を目ざした日本人への警鐘です。一升枡には一升しか入らないということです。

あの昭和の中期から後期はそんな詰め込み過ぎの日本でしたが、閉塞感漂う現在からみるとキラキラ輝いていた日本でもありました。とくに私が10代から20代前半の頃は、このままアメリカさえも追い越し希望しかないような日本に思えていました。

さて、この本でとくに印象に残ったのは、加賀藩第4代藩主(加賀前田家5代)の前田綱紀のことばです。これが、今の私への戒めとなりました。

老人のつつしむべきこと
一は、老いて情がこわくなること。
二は、物事がくどくなること。
三は、世のうつり変わりと風俗を知らぬこと。

このほかにつつしむべきことは、若いころは衣裳を飾らなくとも美しいものだが、老人となって手足のゆびや、くびのまわりに垢よごれのあるものは、まことに見苦しいものじゃ。老いたるものは、よくよく身ぎれいせねばならぬ。

そうなんです。最近はとくに強情になり、家族からはくどいと言われ、昔の考えのままで新しいことに疎くなってきています。若い頃は、父親がそんな感じで疎ましく思っていた時期もあったのですが、今では自分が子供たちからそう思われていると感じます。

それから色恋から無縁になったことで、清潔さや服装に無頓着になり、ちょっとくらいの加齢臭なら気にしません(自分で臭っていないと思いますが)。そんな自分を鑑みて、この綱紀公のことばをつつしんで肝に銘じます。

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