山本元喜著『僕のジロ・デ・イタリア』を読んだ感想

ノンフィクション

『僕のジロ・デ・イタリア』とは

著者の山本元喜(1991年11月19日- )さんは、奈良県生駒郡平群町出身の自転車競技(ロードレース)選手です。
そんな彼が出場した2016年のジロ・デ・イタリアの参戦記です。

ジロ・デ・イタリアについて

ジロ・デ・イタリア(Giro d’Italia)
自転車ロードレースのなかでも「グランツール」と言われるステージレースの一つで、毎年5月にイタリア全土を舞台にして行われています。
通称は「ジロ」。

概要
毎年5月に約3週間かけて行われるステージレースで、コースは毎年新たに設定される。「イタリアを一周する」という表現がされることもあるが各ステージは地理的には連続していないことも多く、サルデーニャ島やシチリア島など島でのステージもある。ステージ数は通常21。平坦ステージ、山岳ステージ、タイムトライアルステージ(個人、チーム)と多彩なステージ設定がされている。
総合成績1位の選手にはピンク色のジャージ「マリア・ローザ」が与えられるほかスプリント賞、山岳賞、新人賞といった各賞の対象者も特別なジャージを着用する。
賞金総額は年によって上下するが、2004年の場合で約133万ユーロ。配分は各ステージ25位までの勝者に支払われる金額が合計47万4000ユーロ。総合優勝者15万ユーロやインテルジロ賞13万ユーロなど各賞の合計が62万3000ユーロ。チームへの賞金が合計23万3000ユーロとなっている。
特徴
ツール・ド・フランスに比べ勾配の厳しい坂を登る山岳ステージが多いため[2]、上りを得意とするクライマーが活躍する機会が多い。1990年のクラウディオ・キアプッチや1995年のトニー・ロミンゲル、1998年のマリアーノ・ピッコリ、2003年のジルベルト・シモーニ、2009年のダニーロ・ディルーカ、2010年のカデル・エヴァンスのように厳しい山岳コースが設定された年は山岳賞はおろかポイント賞すらクライマーやオールラウンダーが獲得してしまうこともあるが、これは2013年まではツール・ド・フランスとは異なり山岳ステージも平坦なステージも同じポイントが設定されていたためでもある。また平坦ステージであってもゴール直前だけ上り坂であったり、ゴールまで1kmを切ったところに急カーブが登場するなど危険かつ癖のあるコースレイアウトがしばしば採用される。
また5月はドロミーティを始めとしたアルプス山脈及びアペニン山脈にはまだ雪の残っている場所もあり、選手は坂だけでなく厳しい寒さや悪天候とも戦うことになる[3]。そのためイタリア人からは「ツール・ド・フランスが世界最大のレースなら、ジロ・デ・イタリアは世界最高のレース」と評される。
イタリア人選手の多くがこのレースをシーズン中の最大目標としており、歴代優勝者に占めるイタリア人の割合も圧倒的に多い。イタリア以外の選手が初めて優勝したのが1950年で、2017年現在31回しかない。近年は1997年以降、2007年までの総合優勝者はすべてイタリア人で、国際化が著しく優勝者の国籍も多様になる傾向があるロードレースの世界において、これは非常に珍しいケースである。
Wikipedia(ジロ・デ・イタリア)

感想

そんなジロの2016年大会を、初出場にして完走したNIPPOヴィーニファンティーニチーム所属の山本元基選手が、ジロの始まる直前から全ステージをどうやって走り、どうしゃって戦って完走したか書かれています。

この本、ステージ優勝とか三賞ジャージ、総合優勝とかとは無縁です。
チームからの指令は「完走&チームから指示された仕事をする」こと。
山本選手が、いかにしてレースを戦い、いかにしてこのジロを完走したのか、が書かれています。
自転車ロードレースをテレビやDVDなどでよく観ていますが、その解説では知ることのできない選手の生の考え・思いが分かります。
「ああ、もう足を着きたい」とか。
「あまりにしんど過ぎて『ジロ完走』という目標がどうでも良くなって来る」とか。
グランツールに出るような選手が、足を着きたいと考えているなんて、思いもしませんでした。
人間離れした超人のように考えていましたが、同じ人間であることを確認できました。

私的感想

ほとんだ足切り時間(これを過ぎると次のステージへ進めなくリタイアとなる)との戦いであった山本選手。
グランツールを完走するのがいかに難しいことなのか、改めて思い知らされました。

★★★★☆

コメント

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