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和田竜著『のぼうの城』を読んだ感想

 

和田竜/著『のぼうの城』を映画は観ていましたが、原作を読んでいなかったの読んでみました。
著者の和田竜さんのデビュー作です。

第29回城戸賞(2003年)を受賞した脚本『忍ぶの城』を、映画作品を前提としたノベライズとして自ら執筆したものである。表紙イラストはオノ・ナツメが担当している。
2008年には花咲アキラの作画によりコミカライズされた同名作品が、『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)にて連載された。
第139回直木賞(2008年上半期)ノミネート、2009年の第6回本屋大賞第2位。
2010年10月時点で累計発行部数70万部を突破している。

あらすじ
周囲を湖に囲まれ、浮城とも呼ばれる忍城(おしじょう)。領主・成田氏一門の成田長親は、領民から「でくのぼう」を略して「のぼう様」と呼ばれ、親しまれる人物であった。
天下統一目前の豊臣秀吉は、関東最大の勢力北条氏の小田原城を攻略せんとしていた(小田原征伐)。豊臣側に抵抗するべく、北条氏政は関東各地の支城の城主に籠城に参加するよう通達した。支城の一つであった忍城主の氏長は、北条氏に従うように見せかけ、手勢の半数を引き連れて小田原籠城作戦に赴きつつも、裏では豊臣側への降伏を内通していた。
「武州・忍城を討ち、武功を立てよ」秀吉にそう命じられ、石田三成は大軍勢を率いて忍城に迫る。軍使として遣わされた長束正家は、成田氏が既に降伏を決めていることを知りながら、戦を仕掛けるためにあえて傲慢な振る舞いをし、まんまと策略にはまった総大将・長親は「戦」を選択した。当主・氏長より降伏を知らされていた重臣たちは、初め混乱するが覚悟を決め、かくして忍城籠城戦は幕を開けた。
三成率いる2万超の軍勢に、農民らを含めても3千強の成田勢。総大将たる長親は、将に求められる武勇も智謀も持たない、その名の通りでくのぼうのような男。だがこの男にはただ一つ、他人に好かれる才能、特に異常なほどの民からの「人気」があった。
地の利と士気の高さから、緒戦は忍城側の圧勝であった。三成は、近くを流れる利根川を利用した水攻めを行うことを決定する。総延長28キロメートルに及ぶ石田堤を建設し、忍城と城下本丸を除いて水に沈む。この水攻めに対する長親の策は、城を囲む湖に船を出して、敵兵の前で田楽踊りを披露することであった。
三成の指示で雑賀衆が、田楽踊りを踊る長親を狙撃するが、長親は一命を取り留める。城に入らず場外で堤作りに雇われていた百姓の中から、長親が撃たれたことと、耕していた水田を台無しにされた怒りから石田堤を壊す者が現れ、ついには水攻めが失敗する。
水が引き、三成軍が総攻撃を行おうとする矢先、小田原城が落城したとの知らせが成田勢にももたらされ、忍城も開城する。小田原城落城時までもちこたえた支城は忍城だけだった。
Wikipedia(のぼうの城)

最後までは分からなかったのが、成田長親の器量。
ほんとうにでくのぼうなのか、将器ある人物だったのか・・・。

実際のところ、この忍城籠城戦はこの物語(のぼうの城)とはかなり違っていたようです。
成田長親という人物像もしかり、実際はフツーではあるが誇り高き武将だったのではと思われます。
そんな成田長親を、かなりおもしろおかしく設定したエンターテイメント作品、それが『のぼうの城』と言えるでしょう。
そんなエンターテイメントは作品にもかかわらず、最後の甲斐姫のくだりにはただならぬ違和感を覚えます。
そこは史実通り秀吉の側室になる設定で、すんなりと甲斐姫の側室の件を受け入れる長親。
戦争か開城かの時は、甲斐姫のために戦争と言い出したように思わせる場面もあり、今までの長親はどこへ行ってしまったのか。
史実とは違っても、ここは我々読者を納得させる“落とし処”が必要だと感じました。

この成田長親、のちに剃髪して自永斎と号し、長男・長季が仕えていた松平忠吉の尾張国にて隠居したそうです。
菩提寺は大須の大光院。
今度大須に行った時は、寄ってみようと思います。

★★★☆☆

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